前のChapterまで,波動力学の一般論を展開しました.このChapterから具体例を取り扱うことにします.最も簡単な例は,1個の自由粒子だと考えられます.自由という意味は電場や磁場などの外場がなく,他のいずれとも相互作用しないということです.言い直すとポテンシャルは 0 になります.自由粒子の粒子というのは,量子のことを意味し,例えば電子などを想像して下さい.ここで,簡単のため,空間次元は1次元と限定します.もとになる時間に依存しないシュレディンガー方程式は,
ですが,一般に,ハミルトニアンは,
と与えられています.今考えている,空間次元が1次元でポテンシャルが 0 の場合は,ハミルトニアンは,
となります.したがって,解くべきシュレディンガー方程式は,
となります.これを少し変形します.
ここで,自由粒子のエネルギー は正なので,
とおくと,方程式は,
となります.この微分方程式は固有値方程式です.以下,解法を示しておくことにします.
とおき,微分方程式に代入します.( と は複素数の定数とします.)
故に,解は,
となります.さらに,複素数の指数関数を3角関数で表して計算します.
ここで,2つの複素数の定数を導入して,
とおくと,
という一般解が得られます.(波動関数は一般に複素数の関数でしたね.)この波動関数 が1次元空間いっぱいに広がっていて,粒子はどこにあるかは,観測前はわかりません.(2重性の中の波動性が現れています.)ただその存在確率のみ計算することができるのです.このような状況の中で,観測という行為を行うと波動関数が量子飛躍し,1次元の全空間の中のどこかに電子が発見されます.(粒子性が現れます.)
ここで,注意しなければならないことがあります.今,1次元空間は負の無限大から正の無限大にとってあるので,規格化条件を計算すると無限大になってしまうということです.実際に計算してみます.((10.2)式の一般解を使います.)
有限値 | ||
このことは,1次元全宇宙空間に1個の自由粒子が存在していた場合,波動関数は遠方でも減衰しないため,無限遠から無限遠まで存在確率は 0 ではないことを反映しています.しかし,全体の存在確率が ではなく,無限大になってしまう状況は,物理的に意味がありません.次のSectionで回避策を考えましょう.
存在確率の無限大を避ける簡単な方法は,量子を箱の中に入れることです.今考えているのは1次元ですから,箱というのは,この場合線分になります.(以下,この線分のことを箱ということにします.)この箱の中に量子状態を表す波動関数が存在しています.その解は,前Sectionの(10.3)式より,
であることがわかっています.量子は箱の中に存在しているので,その箱の中以外での存在確率は 0 になります.したがって,量子状態を表す波動関数も箱の中以外では 0 の値をとります.一般に,波動関数に関しては,座標についてなめらかな連続関数でなければならないという条件が付きます.つまり, とその1階微分の が至る所で連続でなければなりません.しかし,この場合,箱の外は完全に存在確率 0 としているので,境界でなめらかなという条件,すなわち が連続であるという条件は成立しません.そこで,箱の境界で が連続であるという条件のみを書くと,次のようになります.(微分方程式を解く場合,ニュートン力学では初期条件を使いましたが,波動力学では,このように境界での条件である境界条件を使います.)
1次元の箱の長さを にして,0 から までの領域に箱を置きました.この境界条件を(10.3)式の一般解に適用します. より,
となります.さらに, より,
となります.ここで, とすると,波動関数が恒等的に 0 になってしまい,不適となります.したがって,
となります.ここで, は整数です.故に,固有関数は,
と表せ,定常波を形成していることが理解できます.また,このように波動関数が実数のこともあります.(この固有関数は離散固有関数であることがわかります.したがって,量子状態は束縛状態ということになりますね.) とすると,波動関数が座標によらずに 0 になり,意味のある量子状態になりません.また, などは, のときの逆符号になるだけで,独立な解にはなりません.よって, とします.( を量子数といいます.) の状態を基底状態といい, の状態を励起状態といいます.また,離散エネルギー固有値は,(10.1)式より,
となり,跳び跳びの値をもちます.エネルギー固有値は, のとき最小値をとりますが,0 にはなりません.これを零点エネルギーといいます.絶対零度の場合でもエネルギーは 0 ではないのです.このことは古典的には考えられない,波動力学の特徴です.
次に,箱(1次元の線分)の全領域における存在確率が であるという規格化条件を適用して,定数 を決定します.
となりますので,故に,
となります.最後の式が規格化された離散固有関数になります.したがって,存在確率密度は,
になります.さらに,量子数の異なる離散固有関数が直交することを確かめておきます. のとき,
となります.まとめると,離散固有関数は規格直交条件,
を満たし,規格直交系を成すということが確認されました.ただし,右辺の記号は,クロネッカーのデルタで,
で定義されます.
空間を1次元にすることは,状況を簡単にして,また計算をしやすくするというメリットがありますが,現実の空間は3次元です.そこで,3次元の箱の中にある1個の自由粒子を考えていきましょう.箱は立方体の場合を考え,デカルト座標で,,,,,,,, を頂点にとります.もとになる時間に依存しないシュレディンガー方程式は,
で,ハミルトニアンは,
でした.ここで,自由粒子を扱いますので,ポテンシャルは 0 です.したがって,シュレディンガー方程式は,
となります.この微分方程式を変数分離の方法で解くことにします.すなわち,波動関数 を,
とし, のそれぞれの関数の積であるとします.このとき,微分方程式は,
となります.この方程式の両辺を で割り,変形すると,
となります.最後の式で,左辺第1項は だけの関数,左辺第2項は だけの関数,左辺第3項は だけの関数です.そして,この3つの項の和が右辺の定数に等しいということは,それぞれの項が定数でなければならないということになります.ここで, 方向, 方向, 方向については特別な方向がなく,3方向は同等な方向であることに注意しましょう.右辺の定数が負の値をとっているということは,左辺のそれぞれの項も負の定数になります.そこで,
と置くことができます.故に,
という微分方程式が導かれます.これは前Sectionの1次元箱の中の自由粒子と全く同じ方程式で,境界条件もそれぞれの変数について 0 から までと同じになっています.よって,解は,
となります.全体の波動関数は, をあらためて と置きなおして,
となります.次に,規格化条件から定数 の値を決定します.
ここで,
なので,
となります.まとめると固有関数は,
となり,定常波を形成していることが理解できます.また,エネルギー固有値は,(10.4)式,(10.5)式,(10.6)式,(10.7)式より,
と求められます. の場合が基底状態,それ以外の基底状態よりエネルギーの高い状態が励起状態です.
箱の中に1個の量子が自由に存在している場合,観測前は波動関数 が箱一杯に定常波を形成して広がっています.波動性が現れていて,粒子性は表に出てきません.ここで,何らかの方法で観測すると量子飛躍が起こり,箱の中のどこかに粒子が1個見つかります.(粒子性の現れ.)観測の前後に因果関係はなく,波動関数からその存在確率のみを計算することができるのです.実際に,存在確率密度を計算すると,
になります.
1次元井戸型ポテンシャルとは,図のような形をしたポテンシャルです.式で書くと,
となります.ただし, と は正の定数です.このポテンシャルの中に1個の量子(例えば電子.)がある状況を考えましょう.この量子のエネルギー が より小さく正の場合を取り扱ってみます.
それでは,この系について時間に依存しないシュレディンガー方程式を立てましょう.もとになる時間に依存しないシュレディンガー方程式は,
ですが,一般に,ハミルトニアンは,
と与えられています.1次元の系では, 方向のみが関係してきます.
ここで, の領域を考えます.ポテンシャルの値が 0 なので,ハミルトニアンは,
となります.したがって,解くべきシュレディンガー方程式は,
となります.これを少し変形します.
ここで,量子のエネルギー は正なので,
とおくと,方程式は,
となります.
次に, の領域を見てみます.1次元なので 方向のみ関係し,ポテンシャルの値は定数 なので,ハミルトニアンは,
となります.したがって,シュレディンガー方程式は,
となります.この式を変形していきます.
ここで, なので,右辺の係数は正になります.そこで,
とおくことができます.解くべき固有値方程式は,
となります.
前のSectionの2つの固有値方程式の解を求めましょう. の領域における(10.9)式は,自由粒子の微分方程式と全く同じ方程式なので,解(10.3)式,
を持ちます.ただし, と は定数です.
次に, の領域を考えます.この場合の固有値方程式(10.11)式,
を解きます.
とおき,微分方程式(10.11)式に代入します.( と は複素数の定数とします.)
故に,解は,
となります.( と は定数です.)ここで, の領域では, において が発散しないという境界条件より, になります.同様に, の領域では, において が発散しないという境界条件より, になります.まとめると,
となります.
次に,1次元井戸型ポテンシャルの問題について,パリティという概念を導入します.1次元井戸型ポテンシャルが偶関数であることに注意しましょう.( .)時間に依存しない1次元シュレディンガー方程式,
において, と置き換えると,
となり, も解になります.独立な解が1つの場合,解 は解 の定数倍になります.つまり,
が成立します.( は定数です.)さらに, と置き換えると,
となります.故に,
と, は特定されます.したがって,波動関数 は偶関数,または奇関数のどちらかになります.このことを量子状態のパリティは偶または奇であるといいます.
このSectionでは,パリティが偶の場合を取り扱います.この場合,波動関数は偶関数になります.領域は を考えれば十分です.このとき,解は次のようになります.(10.3)式と(10.12)式より,
となります.( は偶関数なので, としました.)これら2式をそれぞれ で微分すると,
となります.このとき, で はなめらかに接続していなければなりません.したがって, で が連続であるという条件より,
の関係が成立します.さらに, で が連続であるという条件より,
ですから,すなわち,
の関係が成立します.ここで,(10.14)式÷(10.13)式をつくると次のようになります.
見やすくするために,
とおくと,
が成立します.ここで,(10.8)式と(10.10)式より,
ですから,
の関係があります.(10.15)式と(10.16)式を連立すればエネルギー固有値を求めることができます.ただし,解析的な方法ではなく,グラフを使って解くことになります.このとき,エネルギー固有値は跳び跳びの値をとります.(離散エネルギー固有値になります.)
一般に,エネルギーがポテンシャルよりも低い場合は,離散固有関数と離散エネルギー固有値が得られ,量子状態は束縛状態になります.量子はポテンシャルの井戸の底付近に局在します.
このSectionでは,パリティが奇の場合を取り扱います.この場合,波動関数は奇関数になります.領域は を考えれば十分です.このとき,解は次のようになります.(10.3)式と(10.12)式より,
となります.( は奇関数なので, としました.)これら2式をそれぞれ で微分すると,
となります.このとき, で はなめらかに接続していなければなりません.したがって, で が連続であるという条件より,
の関係が成立します.さらに, で が連続であるという条件より,
の関係が成立します.ここで,(10.18)式÷(10.17)式をつくると次のようになります.
見やすくするために,
とおくと,
が成立します.ここで,前Sectionの(10.16)式,
の関係がありました.(10.19)式と(10.16)式を連立すればエネルギー固有値を求めることができます.ただし,解析的な方法ではなく,グラフを使って解くことになります.このとき,エネルギー固有値は跳び跳びの値をとります.(離散エネルギー固有値になります.)
一般に,エネルギーがポテンシャルよりも低い場合は,離散固有関数と離散エネルギー固有値が得られ,量子状態は束縛状態になります.量子はポテンシャルの井戸の底付近に局在します.
エネルギーの値は, の場合を考えました.このとき,古典的には の領域で量子は存在しないはずです.しかし,上記のように波動関数 は 0 ではなく,したがって存在確率密度 も 0 ではありません.この原因は量子の波動性が現れていると考えることができます.つまり,観測する前は量子状態が確率の波として存在し,それが染み出ているという訳です.ポテンシャルの壁の外側に量子が染み出る現象をトンネル効果といいます.古典論では考えられない,波動力学特有の現象です.