Part2 波動

Chapter4 波動

4.1 波動の本質

波動の本質は振動の伝搬にあります.水波を例にとって考えてみましょう.振動を伝える物質を媒質といいます.水波の場合は水が媒質になります.媒質中のある場所に振動が引き起こされるとき,その場所を波源といいます.波源から媒質の各点に振動が隣,また隣へと伝搬して波動は伝わっていきます.池に1枚の葉を浮かべ,石を投げ込んでみます.このとき,同心円状の波動が外向きに発生します.葉は波動が通過したとき,上下には振動しますが,外には移動しません.つまり,媒質は移動せず,振動が伝搬するのです.

 波動には媒質が必要です.水波の場合は水が媒質であり,音波の場合は空気が媒質であり,地震波の場合は地殻が媒質です.しかし,電磁波や重力波は何もない真空中を伝わります.これは,真空には場が存在することができ,電磁場や重力場が振動し,その振動が真空中を伝搬することによります.

 

4.2 波動の要素

ひもを伝わる波動を考えましょう.ひもは曲線状に変形していますが,この曲線の形を波形といいます.そして波形が伝わる速さが波動の伝搬速度 $ v[m/s]$ です.

正弦波1

Figure4.1: 正弦波1

 ここで,波源が調和振動をする特別な1次元波動を考えます.この場合,振動が各点に伝搬し,各点が調和振動子の振動をします.そして波形は正弦曲線をなし,その波形が進行していきます.このような波動を正弦波といいます.ある時刻における正弦波の様子を,図 "正弦波1" に示します.各点の振動の中心からのずれ $ \psi[m]$ を変位といい,図の青色の矢印で示しています.媒質はこの変位の方向に振動しています.ひもの場合,$ \psi$ は変位ですが,波動の種類により $ \psi$ は様々な量を表します.(例えば,電磁波の場合は電場と磁束密度が $ \psi$ になります.)そこで,$ \psi$ のことを波動一般量ということにします.(この名称はJ Simplicity内だけの呼び方です.)

横軸の $ x[m]$ は,媒質の位置を示しています.また,図の $ \lambda[m]$ を波長,つりあいの位置から測った山の高さ,すなわち波動一般量の最大値 $ A$ を振幅といいます.媒質の各点が1振動する時間,すなわち各点の振動の周期を,波動の周期 $ T[s]$ といい,$ 1[s]$ あたりの媒質の各点の振動の回数を,波動の振動数 $ f[Hz]$(ヘルツ)$ [Hz=1/s]$ といいます.波源の周期・振動数は各点の周期・振動数と一致します.伝搬に伴う減衰がない場合は,振幅も一致します.ここで,振動数 $ f[Hz]$ は周期 $ T[s]$ の逆数です.

$\displaystyle f=\dfrac{1}{T}$

また,

 "媒質のある点 $ P$ が1振動する時間,周期 $ T[s]$ の間に,波動は1波長 $ \lambda[m]$ 進みます."

という関係が成立します.この関係は作図により,図 "正弦波2" のように確認されます.したがって,

$\displaystyle v$ $\displaystyle =\dfrac{\lambda}{T}$    
  $\displaystyle =f\lambda$    

という関係式が成立します.

 

4.3 横波と縦波

媒質の振動の方向が,波動の伝搬の方向と垂直である波動を横波といいます.前のSectionで図示した波動は横波です.横波の代表例は光波(電磁波)です.横波の図はよく使われるので,波動は全て横波であると思われがちですが,別種の波動が存在します.それは,媒質の振動方向が波動の伝搬の方向と平行である波動であり,縦波といいます.縦波の代表例は音波です.水波は各点が円運動する波動であり,横波でも縦波でもないですが,横波に近似することが多いです.縦波は図示してもわかりにくいので,横波に表示し直した方が有用です.下に縦波の各点の幾つかの変位と,それをあるルールによって横波に直した図を示しました.あるルールというのは,縦波の右の変位を $ \psi$ 軸の正の向きに,縦波の左の変位を $ \psi$ 軸の負の向きになおすというものです.

縦波

Figure4.3: 縦波

図のように,縦波の場合,媒質の密度が密の部分と疎の部分ができます.その密と疎が伝搬するので,縦波のことを疎密波ともいいます.今からの波動に関する議論では,1次元の波動を横波で図示しますが,縦波の場合も含んでいると了解して下さい.縦波の場合も,それを横波表示していると考える訳です.

 

4.4 平面波と球面波

水面波のように,2次元平面を伝搬する波動を考えます.ある時刻の波動を見ると,平面のある場所では媒質の振動状態は山の頂点になり,また,別の場所では谷の底点になっています.山の頂点を連ねた線を山の波面といい,谷の底点を連ねた線を谷の波面といいます.一般に,平面を波動が伝わるとき,ある時刻に媒質の振動状態が同じ場所を連ねた線のことを波面といいます.波面が直線であれば平面波,円であれば球面波といいます.

 3次元空間を伝わる波動も同様です.ある時刻に媒質の振動状態が同じ場所を連ねた面のことを波面といいます.波面が平面であれば平面波,球面であれば球面波といいます.

 

4.5 ドップラー効果

ドップラー効果とは,波動を観測する人と波源とが,お互いに近づくときには振動数を大きく観測し,お互いに遠ざかるときには振動数を小さく観測する現象です.よく知られているのは音波のドップラー効果です.救急車のサイレンの音が高く聞こえたり,低く聞こえたりすることはよく経験することだと思います.ドップラー効果は音波だけでなく,波動一般に成立する現象です.ドップラー効果は次の幾つかの要素から構成されます.

 波動の伝播速度: $ v[m/s]$

 波源: $ S($Source$ )$

 波源の速度: $ u_{S}[m/s]$

 観測者: $ O($Observer$ )$

 観測者の速度: $ u_{O}[m/s]$

 波源の振動数(元の振動数): $ f_{0}[Hz]$

 観測される振動数(ドップラー効果が起こった振動数): $ f'[Hz]$

 まず,波源 $ S$ が動き,観測者 $ O$ が静止している場合を考えましょう.上から見た状況を図に示しました.波源 $ S$ が右に等速度 $ u_{S}[m/s]$ で動いています.前方と後方にそれぞれ観測者 $ O$ がいます.時刻 $ 0[s]$$ S_{0}$ から波動を出し,波源 $ S$ は時刻 $ t[s]$$ S_{1}$ まで来ます.( $ S_{0}S_{1}$ の距離は $ u_{S}t[m]$ です.)その間に出た波動は図のような波面を描きます.つまり,図の波面は時刻 $ t[s]$ での同時刻の波面になっています.図を見ると明らかですが,波源 $ S$ の前方では波長が短くなり,後方では波長が長くなります.この波長の変化により観測される振動数が変化します.これが,波源 $ S$ が動き,観測者 $ O$ が静止している場合のドップラー効果が起こる原因です.

ドップラー効果1

Figure4.4: ドップラー効果1

では,具体的に観測される波長と振動数を表す式を求めてみましょう.波源 $ S$ が近づく場合,前方の $ S_{1}A_{1}$ 間( $ vt-u_{S}t[m]$)に, $ f_{0}t[$$ ]$ の波動があります.故に,観測される波長 $ \lambda'[m]$ は次式で表されます.

$\displaystyle \lambda'=\dfrac{vt-u_{S}t}{f_{0}t}$

すなわち,

$\displaystyle \lambda'=\dfrac{v-u_{S}}{f_{0}}$ (4.1)

です.確かに,波長は短くなっています.ここで,波源 $ S$ が動いていても,媒質(水波の場合は水,音波の場合は空気.)が動いていないので,伝播速度はやはり $ v[m/s]$ であることに注意しましょう.関係式, $ v=f\lambda$ より,

$\displaystyle f'$ $\displaystyle =\dfrac{1}{\lambda'}v$    
  $\displaystyle =\dfrac{f_{0}}{v-u_{S}}v$    

ですから,

$\displaystyle f'=\dfrac{v}{v-u_{S}}f_{0}$ (4.2)

となります.したがって,確かに観測される振動数 $ f'[Hz]$ は大きくなります.次に,波源 $ S$ が遠ざかる場合ですが,後方の $ S_{1}A_{2}$ 間( $ =vt+u_{S}t[m]$)に, $ f_{0}t[$$ ]$ の波動があります.故に,観測される波長 $ \lambda'[m]$ は次式で表されます.

$\displaystyle \lambda'=\dfrac{vt+u_{S}t}{f_{0}t}$

ですから,

$\displaystyle \lambda'=\dfrac{v+u_{S}}{f_{0}}$ (4.3)

となります.確かに,波長は長くなっています.ここで,波源 $ S$ が動いていても,媒質(水波の場合は水,音波の場合は空気.)が動いていないので,伝播速度はやはり $ v[m/s]$ であることに注意しましょう.関係式, $ v=f\lambda$ より,

$\displaystyle f'$ $\displaystyle =\dfrac{1}{\lambda'}v$    
  $\displaystyle =\dfrac{f_{0}}{v+u_{S}}v$    

ですから,

$\displaystyle f'=\dfrac{v}{v+u_{S}}f_{0}$ (4.4)

となります.したがって,確かに観測される振動数 $ f'[Hz]$ は小さくなります.

 それでは,観測者 $ O$ が動き,波源 $ S$ が静止している場合のドップラー効果を考えましょう.このとき,波長は変化しません.しかし,観測者 $ O$ が動くので,観測者 $ O$ をよぎる波動の数が変わってきます.これが,観測者 $ O$ が動き,波源 $ S$ が静止している場合に,ドップラー効果が起きる原因です.観測者 $ O$ が近づく場合の状況を図に示しました.

ドップラー効果2

Figure4.5: ドップラー効果2

図(a)のときは,時刻 $ 0[s]$ で波源 $ S$ からの波動が地点 $ O$ に到着した瞬間です.図(b)のときは,それから $ t[s]$ 間,時間が経過したときで,波動は $ vt[m]$ 右に進み,観測者 $ O$ は左に $ u_{O}t[m]$ 移動しています.時間 $ t[s]$ の間に観測者 $ O$ が観測する波動の数は,観測者 $ O$ をよぎった区間 $ O'B$ 間に含まれる波動の数で,それは観測される振動数を $ f'[Hz]$ として $ f't[$$ ]$ に一致します.もし,観測者 $ O$ が動かなかったら,時刻 $ t[s]$ 間に区間 $ OB$ 間の波動が観測者 $ O$ をよぎります.観測者 $ O$ が近づく状況では,$ OO'$ 間の分だけよぎる波動の数が増えています.(観測者をよぎる波動を赤色で表しています.)したがって,振動数は大きくなります.故に,次式のように計算されます.

$\displaystyle f't$ $\displaystyle =\dfrac{O'B}{\lambda}$    
  $\displaystyle =\dfrac{vt+u_{O}t}{\lambda}$    

ですから,

$\displaystyle f'=\dfrac{v+u_{O}}{\lambda}$ (4.5)

となります.計算を続けます.

$\displaystyle f'$ $\displaystyle =(v+u_{O})\dfrac{1}{\lambda}$    
  $\displaystyle =(v+u_{O})\dfrac{f_{0}}{v}$    

したがって,

$\displaystyle f'=\dfrac{v+u_{O}}{v}f_{0}$ (4.6)

となります.確かに,振動数は大きくなっています.次に,観測者 $ O$ が遠ざかる場合を考えましょう.状況を図に示します.

ドップラー効果3

Figure4.6: ドップラー効果3

図(a)のときは,時刻 $ 0[s]$ で波源 $ S$ からの波動が地点 $ O$ に到着した瞬間です.図(b)のときは,それから $ t[s]$ 間,時間が経過したときで,波動は $ vt[m]$ 右に進み,観測者 $ O$ は右に $ u_{O}t[m]$ 移動しています.時間 $ t[s]$ の間に観測者 $ O$ が観測する波動の数は,観測者 $ O$ をよぎった区間 $ O'B$ 間に含まれる波動の数で,それは観測される振動数を $ f'[Hz]$ として $ f't[$$ ]$ に一致します.もし,観測者 $ O$ が動かなかったら,時刻 $ t[s]$ 間に区間 $ OB$ 間の波動が観測者 $ O$ をよぎります.観測者 $ O$ が遠ざかる状況では,$ OO'$ 間の分だけよぎる波動の数が減っています.(観測者をよぎる波動を赤色で表しています.)したがって,振動数は小さくなります.故に,次式のように計算されます.

$\displaystyle f't$ $\displaystyle =\dfrac{O'B}{\lambda}$    
  $\displaystyle =\dfrac{vt-u_{O}t}{\lambda}$    

したがって,

$\displaystyle f'=\dfrac{v-u_{O}}{\lambda}$ (4.7)

となります.計算を続けます.

$\displaystyle f'$ $\displaystyle =(v-u_{O})\dfrac{1}{\lambda}$    
  $\displaystyle =(v-u_{O})\dfrac{f_{0}}{v}$    

故に,

$\displaystyle f'=\dfrac{v-u_{O}}{v}f_{0}$ (4.8)

となります.確かに,振動数は小さくなっています.

 それでは,波源 $ S$ と観測者 $ O$ がともに動く場合はどのようになるでしょうか? 波源 $ S$ が動くので,観測される波長 $ \lambda'[m]$ は,(4.1)式と(4.3)式より,

$\displaystyle \lambda'=\dfrac{v\pm u_{S}}{f_{0}}$ (4.9)

と表されます.(プラスマイナスの符号は,波源 $ S$ が遠ざかるときと,近づくときに対応します.)この波長の波動の中で観測者 $ O$ が動くので,観測される振動数 $ f'[Hz]$ は,(4.5)式と(4.7)式より,次のようになります.( $ u_{O}[m/s]$ の前のプラスマイナスの符号は,観測者 $ O$ が近づく場合と,遠ざかる場合に対応します.)

$\displaystyle f'$ $\displaystyle =\dfrac{v\pm u_{O}}{\lambda'}$    
  $\displaystyle =(v\pm u_{O})\dfrac{1}{\lambda'}$    
  $\displaystyle =(v\pm u_{O})\dfrac{f_{0}}{v\pm u_{S}}$    

故に,

$\displaystyle f'=\dfrac{v\pm u_{O}}{v\pm u_{S}}f_{0}$ (4.10)

が成立します.(4.10)式のプラスマイナスの符号は,物理的な意味を考えて決定すればよいです.つまり,波源 $ S$ と観測者 $ O$ がお互いに近づくときには,振動数が大きくなり,お互いに遠ざかるときには,振動数が小さくなるように符号を決めればよいということです.また,(4.10)式は,(4.2)式,(4.4)式,(4.6)式,(4.8)式を含んでいます.