Chapter10 例4(調和振動子)

10.1 調和振動子

ばねの弾性力の大きさ $ F[N]$ について,次式で表されるフックの法則が成立します.

$\displaystyle F=kx$

ここで,$ x[m]$ はばねの伸びまたは縮み,$ k[N/m]$ はばね定数です.さて,ばねの一端を固定し,他端に物体を付けて水平方向において振動させます.このときの系を水平ばね振り子と言います.この場合の運動方程式は,力の向きも考慮して次のようになります.(力は常に振動の中心 $ O$ の向きに働き,その大きさは変位 $ x[m]$ の大きさに比例します.このような力を復元力と言います.)

水平ばね振り子

Figure10.1: 水平ばね振り子

$\displaystyle m\dfrac{d^{2}x}{dt^{2}}=-kx$

故に,

$\displaystyle \dfrac{d^{2}x}{dt^{2}}=-\dfrac{k}{m}x$ (10.1)

となります.物体に復元力が働き,微分方程式が(10.1)式の形で表されるとき,この物体系を調和振動子といい,そのときの運動を単振動と言います.水平ばね振り子は調和振動子です.

 次の例として,ばねを鉛直方向に吊るし,上端を固定し下端に物体を取り付け,振動させる場合を考えましょう.このときの系を鉛直ばね振り子と言います.この場合,物体に働く力 $ F[N]$$ x$ 軸を下向きにとって,次のようになります.

$\displaystyle F$ $\displaystyle =mg-k(d+x)$    
  $\displaystyle =-kx$    

ここで,$ mg[N]$ は重力,$ d[m]$ は自然長からつりあいの位置までの長さ,$ x[m]$ はつりあいの位置からの物体の変位です.また,式の変形にはつりあいの位置において,$ mg=kd$ が成立することを用いました.この力 $ F[N]$ は復元力であり,水平ばね振り子の場合と同じ式になっています.従って,鉛直ばね振り子の場合も微分方程式は(10.1)式になり,調和振動子であることが理解されます.

 3番目の例として,天井から糸を吊るし,下端に物体を付け,重力によって振動させる場合を考えましょう.この系を単振り子といいます.ここで,鉛直方向と糸のなす角を $ \theta[rad]$,糸の張力を $ T[N]$,糸の長さを $ \ell[m]$ とします.また,水平方向に $ x$ 軸,鉛直下向きに $ y$ 軸をとります.

単振り子

Figure10.3: 単振り子

このとき,運動方程式は $ x$ 方向,$ y$ 方向について,それぞれ次のようになります.

$\displaystyle m\dfrac{d^{2}x}{dt^{2}}$ $\displaystyle =-T\sin\theta$    
$\displaystyle m\dfrac{d^{2}y}{dt^{2}}$ $\displaystyle =mg-T\cos\theta$    

この単振り子の運動は拘束運動ですが,軌道は次式で表せます.

$\displaystyle x$ $\displaystyle =\ell\sin\theta$    
$\displaystyle y$ $\displaystyle =\ell\cos\theta$    

これら4式を連立して厳密に解くことはできますが,ここでは $ \theta[rad]$ が小さい場合を考え,

$\displaystyle \sin\theta$ $\displaystyle \cong\theta$    
$\displaystyle \cos\theta$ $\displaystyle \cong1$    

の近似を使うことにします.$ x$ 方向の運動方程式は,

$\displaystyle m\ell\dfrac{d^{2}\theta}{dt^{2}}\cong-T\theta$

となり,$ y$ 方向の運動方程式は,

$\displaystyle 0\cong mg-T$

となります.従って,以下のように計算されます.

  $\displaystyle m\ell\dfrac{d^{2}\theta}{dt^{2}}\cong-mg\theta$    
% latex2html id marker 820
$\displaystyle \therefore$ $\displaystyle \dfrac{d^{2}\theta}{dt^{2}}\cong-\dfrac{g}{\ell}\theta$    
% latex2html id marker 822
$\displaystyle \therefore$ $\displaystyle \dfrac{d^{2}(\ell\theta)}{dt^{2}}\cong-\dfrac{g}{\ell}(\ell\theta)$    

故に,

$\displaystyle \dfrac{d^{2}x}{dt^{2}}\cong-\dfrac{g}{\ell}x$ (10.2)

が成立します.微分方程式(10.2)式は,(10.1)式と同形になっています.したがって,単振り子も調和振動子であることがわかります.

 

10.2 微分方程式の複素数を使った解法

水平および鉛直ばね振り子について,(10.1)式の微分方程式を解くことにしましょう.この方程式は定数係数の同次2階線形微分方程式であり,複素数を使った解法で取り扱ってみます.いま,(10.1)式,

$\displaystyle \dfrac{d^{2}x}{dt^{2}}=-\dfrac{k}{m}x$

を変形して,

$\displaystyle \dfrac{d^{2}x}{dt^{2}}+\omega^{2}x=0$ (10.3)

と,同次線形微分方程式の形にします.ただし,

$\displaystyle \omega\equiv\sqrt{\dfrac{k}{m}}$

とおきました.(このとき,もとの運動方程式は,

$\displaystyle m\dfrac{d^{2}x}{dt^{2}}=-m\omega^{2}x$

という形になります.)

 いま,$ x(t)$$ y(t)$ を実関数として,

$\displaystyle z(t)=x(t)+iy(t)$

という複素関数をつくり,(10.3)式と同形の微分方程式を書いてみると,

$\displaystyle \dfrac{d^{2}z}{dt^{2}}+\omega^{2}z=0$ (10.4)

となります.少し変形して,

  $\displaystyle \dfrac{d^{2}}{dt^{2}}(x+iy)+\omega^{2}(x+iy)=0$    
% latex2html id marker 844
$\displaystyle \therefore$ $\displaystyle (\dfrac{d^{2}x}{dt^{2}}+\omega^{2}x)+i(\dfrac{d^{2}y}{dt^{2}}+\omega^{2}y)=0$    

となりますが,最後の式が成立するためには,実数部と虚数部それぞれについて,

  $\displaystyle \dfrac{d^{2}x}{dt^{2}}+\omega^{2}x=0$    
  $\displaystyle \dfrac{d^{2}y}{dt^{2}}+\omega^{2}y=0$    

でなければなりません.すなわち,解 $ z(t)$ を求めれば,その実数部 $ x(t)$ および虚数部 $ y(t)$ は,それぞれ微分方程式を満たします.従って,解 $ z(t)$ の実数部が(10.3)式の解になります.一般に,複素数の微分方程式を解き,その解の実数部をもとの微分方程式の解にすることができます.ここで,

$\displaystyle z=\alpha e^{\lambda t}$

とおき,(10.4)式に代入します.このとき,つくられる方程式を特性方程式といいます.($ \alpha$$ \lambda$ は複素数の定数です.)

$\displaystyle \alpha\lambda^{2}e^{\lambda t}+\omega^{2}\alpha e^{\lambda t}=0$

この特性方程式はすぐに解けて,

  $\displaystyle \lambda^{2}=-\omega^{2}$    
% latex2html id marker 865
$\displaystyle \therefore$ $\displaystyle \lambda=\pm i\omega$    

が求められます.故に,(10.4)式の解は,

$\displaystyle z=\alpha_{1}e^{i\omega t}+\alpha_{2}e^{-i\omega t}$

となります.ここで,実数 $ a_{1},b_{1},a_{2},b_{2}$ を使い,さらに指数関数を三角関数で表して変形します.

$\displaystyle z$ $\displaystyle =(a_{1}+ib_{1})(\cos\omega t+i\sin\omega t)+(a_{2}+ib_{2})(\cos\omega t-i\sin\omega t)$    
  $\displaystyle =\{(-b_{1}+b_{2})\sin\omega t+(a_{1}+a_{2})\cos\omega t\}+i\{(a_{1}-a_{2})\sin\omega t+(b_{1}+b_{2})\cos⁡\omega t\}$    

ここで,(10.3)式の解は最後の式の実数部になります.

$\displaystyle A_{1}$ $\displaystyle \equiv-b_{1}+b_{2}$    
$\displaystyle A_{2}$ $\displaystyle \equiv a_{1}+a_{2}$    

とおいて,

$\displaystyle x=A_{1}\sin\omega t+A_{2}\cos\omega t$

が求められます.一般に,特性方程式の解が純虚数の解のとき,同次微分方程式の一般解は正弦関数と余弦関数の和になります.三角関数の公式を使い,更に変形して,

$\displaystyle x=A\sin(\omega t+\theta_{0})$ (10.5)

となります.ただし,

  $\displaystyle A\equiv\sqrt{A_{1}^{2}+A_{2}^{2}}$    
  $\displaystyle \tan\theta_{0}\equiv\dfrac{A_{2}}{A_{1}}$    

とおきました.(10.5)式の変位 $ x[m]$ は,丁度等速円運動している物体に横から光をあてたときの影の運動に一致します.このことは,図を見れば理解できると思います.図より,$ A[m]$ は振幅です.また, $ \omega t+\theta_{0}[rad]$ は等速円運動の回転角になりますが,これを位相といいます.位相の中の $ \omega[rad/s]$ は等速円運動の角速度ですが,これを角振動数と呼び, $ \theta_{0}[rad]$ は時間 $ t=0[s]$ の回転角(すなわち位相)であるので,初期位相といいます.

調和振動子

Figure10.4: 調和振動子

1回振動する時間を周期 $ T[s]$ といいますが,このとき,位相は $ 2\pi[rad]$ 進むので,

  $\displaystyle \omega T=2\pi$    
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$\displaystyle \therefore$ $\displaystyle T=2\pi\dfrac{1}{\omega}=2\pi\sqrt{\dfrac{m}{k}}$    

となります.また,(10.5)式を時間 $ t[s]$ で微分して振動の速度 $ v[m/s]$ を求め,さらにもう一度時間 $ t[s]$ で微分して加速度 $ a[m/s^{2}]$ を求めておきます.

$\displaystyle v$ $\displaystyle =\dfrac{dx}{dt}$    
  $\displaystyle =A\omega\cos⁡(\omega t+\theta_{0})$    
$\displaystyle a$ $\displaystyle =\dfrac{dv}{dt}$    
  $\displaystyle =-A\omega^{2}\sin(\omega t+\theta_{0})$    
  $\displaystyle =-\omega^{2}\cdot A\sin(\omega t+\theta_{0})$    
  $\displaystyle =-\omega^{2}x$    

水平および鉛直ばね振り子の場合は以上ですが,単振り子の場合はどうなるでしょうか? (10.1)式と(10.2)式を比較して,単振り子の場合は,

$\displaystyle \dfrac{k}{m}\to\dfrac{g}{\ell}$

の,置き換えをすればよいことがわかります.したがって,変位 $ x[m]$ を表す式はばね振り子の場合と同様になり,角振動数 $ \omega[rad/s]$ と周期 $ T[s]$ は,

$\displaystyle \omega$ $\displaystyle =\sqrt{\dfrac{g}{\ell}}$    
$\displaystyle T$ $\displaystyle =\dfrac{2\pi}{\omega}=2\pi\sqrt{\dfrac{\ell}{g}}$    

となります.

 

10.3 力学的エネルギー保存則

理想的な調和振動子については,保存力である弾性力,あるいは重力以外の力が働いていないので,力学的エネルギーは保存し,永久に振動を続けます.しかし,現実には空気の抵抗力,摩擦力が働き熱が発生します.あるは,ばねや糸も発熱します.したがって,現実には力学的エネルギーは減少し,いずれ振動は止まることになります.熱が発生しない理想的な調和振動子の力学的エネルギー $ E[J]$ を求めてみましょう.力学的エネルギー $ E[J]$ は,運動エネルギーと弾性エネルギーの和であるので,次のように計算されます.

$\displaystyle E$ $\displaystyle =\dfrac{1}{2}mv^{2}+\dfrac{1}{2}kx^{2}$    
  $\displaystyle =\dfrac{1}{2}m\{A\omega\cos⁡(\omega t+\theta_{0})\}^{2}+\dfrac{1}{2}(m\omega^{2})\{A\sin⁡(\omega t+\theta_{0})\}^{2}$    
  $\displaystyle =\dfrac{1}{2}m\omega^{2}A^{2}\{\sin^{2}(\omega t+\theta_{0})+\cos^{2}(\omega t+\theta_{0})\}$    
  $\displaystyle =\dfrac{1}{2}m\omega^{2}A^{2}$    

すなわち,調和振動子の力学的エネルギー $ E[J]$ は,角振動数 $ \omega[rad/s]$ の2乗と振幅 $ A[m]$ の2乗に比例することがわかります.このように,理想的な調和振動子について力学的エネルギーは定数になっていて,確かに保存することが理解されます.